水面に揺れるエゾハルゼミ
水面に揺れるエゾハルゼミ

野幌の森で撮った一枚だ。

2020 年、世界中が立ち止まっていたあの年。

人と会うことも、町に出ることも少なくなり、

僕はただ森へ通い続けていた。

昔からやっていることは、結局ほとんど変わらない。

足元の池に、かすかな波紋が広がっていた。

水面に落ちた エゾハルゼミが、翅を広げて必死に浮いている。

森の奥から仲間の鳴き声が響いているのに、

この一匹だけが、季節の中心からそっと外れていくように見えた。

エゾハルゼミは、北海道の春を告げるセミだ。

本州のニイニイゼミより少し大柄で、翅は透き通り、

鳴き声は「ミョーキン ミョーキン」と金属的。

まだ葉が伸びきらない時期に鳴き交わすため、

森の天井が広く、声がよく響く。

水に落ちたセミは、ほとんどの場合もう飛べない。

翅の構造はある程度丈夫だが、

一度沈みかけると、体温も奪われ、

森林の強い生存サイクルの中であっという間に静かになっていく。

この個体も、数十秒ほどバタついたあと、

波紋がゆっくり閉じるように動きを止めた。

その瞬間、僕はカメラを下におろして、

ただ水面を見つめていた。

森で過ごす時間が長くなればなるほど、

こうした 季節の端に落ちる命に出会うことが多くなる。

2020 年の森は、人間が静かになったぶんだけ、

生き物たちの気配がより濃く感じられた。

世界が止まっているように見えたあの頃、

季節だけはいつも通り巡っていて、

エゾハルゼミたちは例年と同じように羽化し、鳴き、そして消えていった。

今思うと、この写真はセミそのものよりも、

あの年の「森の静けさ」を写し取ったものに近い。

水面に揺れるエゾハルゼミ
水面に揺れるエゾハルゼミ

変化の大きい時期に、変わらずそこにあるものを見つめていた時間。

それが、そのまま水面の揺れに残っている気がする。

投稿者 高橋 レオ

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