湿度をたっぷり含んだ風が、
薄く揺れるヤナギの葉を通り抜けていく。
緩やかな風に背を押されながら、
僕は河畔林を歩いていた。
遠目ではただの樹皮の斑に見えた。
近づいて初めて、「あ、カミキリだ」と気づいた。
ヤナギトラカミキリ(Xylotrechus salicis)は、
北海道にのみ記録されている北方系の一種で、
川の岸辺やヤナギ林など、ヤナギやポプラ、ドロノキなどの衰弱木や流木を生活の場とする。
体長はおよそ12〜17 mm。
大きくはないが、
その模様と質感が北の住人らしい。
「北海道にしかいない=どこにでも会える」
というわけではない。
生息は「平地〜山地まで」だが、
分布は局地的で、個体数は少ないとの報告がある。
それに加え、発生木となるヤナギの衰弱木や流木自体が意外と散在しており、
“偶然”が重ならなければ観察できないことが多いため、
どうしても「珍しい」「見つけにくい」という印象が強くなってしまうのだ。
特段素晴らしい写真を意気込んで撮影したわけではない。
佇まいと、模様からこのカミキリムシそのものが持つ良さは、
十分に伝わると思ったからだ。
カミキリムシを通して見えるのは、
木の終わりと再生の時間。
そして人間が思う良い木、立派な森と呼ぶもののすぐ裏側にある、
「朽ちる木」「死にゆく木」の価値。
現代人にとって枯れ木は邪魔者になり、土と光と時間は切り取られてしまう。
全人類がこの黒く触角の短いカミキリムシをみて、
「ヤナギトラカミキリだ」とわかる必要はない。
それでも北海道で彼らが見られるということが
そういった意味で尊いことなんだな、
ということくらいは感じて欲しいな…と、
ヤナギトラカミキリを見ていて思った。

