大学2年生の春だった。
EM-1を肩にかけて、まだ冷えの残る5月の森を歩いていた。
若葉がほころぶ匂いと、去年の落ち葉の湿気が入り混じる。
斜面に咲くニリンソウマイヅルソウの間をゆっくりと歩いていた甲虫がいた。
エゾマイマイカブリ。
僕がクワガタ以外で、初めて心を奪われた甲虫だ。
当時のカメラはノイズが出やすくて、ISOを上げると粒子がすごかった。
今ではLightroomクラシックのノイズ除去をかければ、
あの森の光の感覚とエゾマイマイカブリの色彩を残して、
粒感だけ上手に取り除いてくれる。
北海道に棲むエゾマイマイカブリには独特の風格がある。
マイマイカブリは北へ行くほど、体色が深まる。
エゾマイマイカブリの上翅の鈍い藍色が、これまた良いのだ。
金属光沢の強いオオルリオサムシがどうしても目立つのは確かなのだが、
日本のマイマイカブリは、世界的に見ても際立って首が長い。
カタツムリの殻の奥に頭を突っ込んで捕食するための形で、
海外の研究者を驚かせた特徴でもある。
十九世紀、マイマイカブリこそが、
ヨーロッパの学会で最初に発表されたオサムシだった。
あの細長い姿は当時の研究者にとって、
日本列島という島の独自性を象徴する存在だっただろう。
森で暮らすマイマイカブリ。
彼らを気になり出した瞬間から、
僕の写真家としての生活は始まっていたのだと思う。
5月の森に入ると、いつも少し呼吸が深くなる。
あの長い首をした甲虫を、思い出すからだ。

