夏の終わり、
草地の縁で、トノサマバッタのオスとメスが動きを止めていた。
オスが緑でメスが黒色型というのは、
私見だがトノサマバッタに非常に多い気がしている。
跳ばない。逃げない。
風に揺れる草の中で、ただ重心を落とし、
腹の先を土へと預けていく。
産卵の時間だった。
トノサマバッタ(Locusta migratoria)。
名前だけは誰もが知っている。
大きく、よく跳び、あまりにも身近で、
だからこそ、深く見られることの少ない生き物だ。
後脚で地面を踏みしめ、
体をわずかに震わせながら、
腹端をゆっくりと土中へ差し込んでいく。
逃げるための脚を持ちながら、
この瞬間だけは動かない。
命の行き先を、
地面の奥に託すために。
卵は泡状の分泌物に包まれ、
ひとつの塊となって土の中に残される。
乾燥や寒さから身を守るための仕組みだ。
卵は冬を越す。
土が凍り、雪が積もってもその奥で、時間を待つ。
春になれば何事もなかったかのように、
草むらから小さな跳躍が始まる。
今日のこの静けさが、確かにそこへつながっている。
トノサマバッタは、
風景の片隅で、次の季節を仕込んでいた。

