大学生のころ授業の空きコマを見つけては、
野幌の森へ通っていた。
図書館に向かうより、森へ向かうほうが自然で、
呼吸がしやすかったのだ。
そんな日々の中で出会った一枚が、このコエゾゼミの羽化だ。
樹の幹にしがみつきながら、ゆっくりと体を持ち上げ、
翅の管に体液が通って透明な膜がふくらむ。
光を吸うような淡い緑が、だんだんと「セミの翅」に変わっていく。
その変化と繊細さに圧倒されて、
気がつけばしばらくシャッターを切るのも忘れて見入っていた。
コエゾゼミの分布は北海道以南では山岳地帯に多く、涼しい森を好むセミなのだろう。
今年。
そのコエゾゼミたちは、ほとんど姿を見せなかった。
エゾゼミもアカエゾゼミも同じ。
代わりに森のあちこちで聞こえてきたのは、
アブラゼミ、ミンミンゼミ、ニイニイゼミ。
「本州の夏」が突然北海道の森に流れ込んできたような、
不思議な違和感である。
セミの分布は、気候の変化に対してわかりやすいが、
本当はもっと、人間のわからないところで自然は変わっているのだろう。
「今年だけだといいのだけれど」
写真を見返しながら、僕は何度もそう思った。

