森を歩いていると、
ふいに淡い光を集めたような淡緑色の大輪が目に入った。
オオウバユリ、学名(Cardiocrinum cordatum)。
北海道の森を象徴する植物のひとつで、
数年にわたる栄養蓄積の末、
ようやく一度だけ大きな花を咲かせ、その後は静かに一生を終える。
花の中心をのぞくと、そこに小さな影があった。
単独性ハナバチの仲間だ。
周囲の喧噪とは無縁のように、
花粉に夢中で、ひとつの花の奥へ潜り込む。
体にまとった細かな毛が、オオウバユリの花粉をやさしく絡めとり、
ひとつの花から次の花へと、その小さな運命を運んでゆく。
オオウバユリは大きな姿ばかりが注目されるけれど、
その繁殖を支えているのは、こうした名も知らぬ小さな昆虫だ。
植物が花粉を差し出し、昆虫が蜜や花粉を求めてやって来る。
それは取引でも契約でもなく、
ただ互いが長い時間の中で選び取ってきた、
森という共同体の呼吸のようなものだ。
花の内部には、甘い香りと湿り気が満ちている。
この密やかな空間はハナバチにとっては格好の採餌場所で、
一瞬だけ身を隠せる避難所のようにも見える。
大きな花弁が風を遮り、柔らかい光が落ち、
その奥でひとつの小さな命が静かに羽音を立てている。
大きなものが森を形づくるのではなく、
小さな生き物たちがそれを支え、
その積み重ねがようやく森らしさをつくり出す。
そんな当たり前のことを、
ひとつの花の奥に潜る、わずか数ミリのハナバチが
そっと教えてくれた気がした。

